ストラグル 〜struggle〜

最終部 アウストリ〜Austri〜
著者:shauna


王宮東門前にて
 山際の向こうから、朝日が昇ろうとしていた。
 いまだ明け切らぬ城門上の空に一人の少女が浮かんでいる。
 真っ白な髪を朝風になびかせた黒衣の少女。
先刻から暫しの時間が流れている。敵の魔法攻撃や矢が当たるにはやや遠く、こちらから魔法攻撃を仕掛けるのにもまたやや遠い距離。
その間合いにあってシルフィリアは城門前に展開する兵士達を見下ろしていた。
「一万・・といった処でしょうか・・・。」
おそらく敵の先陣部隊であろうその数はシルフィリアの目算通りおおむね一万。綺麗に整列した長方形の陣形を組んだ兵士達は一様に空を飛ぶ自分にむかって視線を注いでいた。
南の空から赤の花火が上がり、やがて北から緑、南からも青が上がる。
どうやら全軍が攻撃準備を完了したらしい。
「アクシオ・・ヴァレリーシルヴァン・・。」
小さく唱えてシルフィリアは自身の杖を召喚した。
そして・・杖を高々と掲げ・・・
《ベリキュラム!(放て!)》
天空に向かって白い花火を打ち上げる。



戦いは始まった。



城の様々な場所から雄叫びが上がる。
「限定・・・解除!!(ファーストリミット・・リリース!!)」
シルフィリアの周囲に白色の光が次々と生じていく。
敵はそれを見てこちらに向けて矢と魔法の杖を向け、一斉掃射。
しかし、距離があるため、どれも直前で届くことはなかった。
「来たれ!」
シルフィリアが敵に向けて右手の指を突き出した。
同時に彼女の射撃魔法の発射体が、瞬く間に形成され、展開される。指先に大きく展開するのはゆっくりと複雑に回転する十二の星座と七芒星と魔法文字を描く魔法陣。
「来たれ、白き暴風、空を埋め尽くす矢羽となれ」
ホツホツと空気中に生じるのは白い小さな球。
そして、それは徐々に矢の形を成していく。飾られた矢尻と美しい矢羽を持つ白い矢・・その数・・・一万本。
彼女の唱えた通り、空を埋め尽くす矢羽は今か今かと放たれる時を待っている気さえする。
「安心なさい。急所は外しておきます。」
シルフィリアは一瞬柔らかい顔でそう呟き・・そして・・
「白き死の大地(ビェラーヤ・オブ・アルビオン)!」
矢羽が一斉に発射される。
豪速と飛ぶ矢羽は敵の楯を打ち抜き、魔道士の障壁を砕き、敵の足や腕などを貫く。
戦場に敵の悲鳴が一斉に木霊した。
時間にしてモノの数十秒。
一万人の部隊は一瞬にしてあっけなく戦場に散った。
《白き死の大地》の命中率は天文学的に小さい数字で生じる誤差を除くのなら100%。目に見える範囲であれば選択した全てのモノをミリ単位で調整して打ち砕く。
もちろん、常人だけでなく、どんな魔道士でもこれを使いこなすことはできない。
もし他の人間がやろうものなら僅か数十本で体中の全魔力を吸い取られ、強制的な睡眠に堕ちるだろう。
これは改造手術を施されたシルフィリアだからこその技量だ。
そして・・・これが・・・
『幻影の白孔雀』のちからである。
絶対にして、最強。
完全にして究極の殺人兵器。

腕や肩などを貫かれ、未だに悲鳴の燻ぶる上空をシルフィリアは東に飛ぶ・・。


草影の中からシルフィリアを無数の《意操衝霊弾(クラッシュ・ウェイブ)》が襲った。
シルフィリアは大きな回避運動でそれを回避した。
ただ、《意操衝霊弾(クラッシュ・ウェイブ)》の厄介なところは意のままにあやつれるところにある。
一度避けた弾丸は大きな弧を描きながら再びこちらにむかって突撃してきた。


仕方ない・・。



切り札その一を出すとしよう。



「グィネビア!!」
シルフィリアが叫ぶと同時にシルフィリアの服や袴の裾から何かが飛び出した。
猛スピードで飛び出したそれは空中をヒュンヒュン飛び回りそして・・・
先端から出した青の光閃で全ての《意操衝霊弾(クラッシュ・ウェイブ)》を撃ち落とした。
「な!どうなっている!!」
撃ち落した何かが静止し、その姿を現した。
一つ一つが大体万年筆程の大きさそれは、白い流線形の物に3枚の天使の羽が矢羽の如く付いたそれは全部で3つ。空中にふよふよと浮遊するそれは相手の魔道士達は見たことも無い道具だった。
「な!何だそれは!!」
「スペリオル“グィネビア”。」
浮遊するそれを指さし動揺する魔道士にシルフィリアが丁寧に説明した。
「正しく言うと、“独立型統合制御高速機動魔道兵装群試験端末”・・ってわかりにくいですね。単純に言えばフライウィング(飛行翼)で飛び回り、フローティング(浮遊術)で姿勢を制御し、内部にそれを稼働出来るだけの大容量魔力コンデンサーを付けて、ホーリー系の魔法石で精神を接続することで自由自在に操ることのできるスペリオルといったところでしょうか?」
「馬鹿な!!スペリオルが精霊魔法を使うなど!!聞いたことがないぞ!!」
眼尻を吊り上げ恐怖と驚きに満ちた表情をする相手に向かって
「それはそうでしょう。」
ケロッと答えた。
「なにしろ、それが出来るのは世界広しといえど、おそらく私だけですから・・・」
「な!何だと!!」
「私の技術はすでにあなた達が後1000年掛かってやっと辿り着けるレベルにあるのですよ。」
「ど!どうやって!!」
「この点だけはドラウエルフに感謝すべきかもしれませんね。体だけでなく脳まで改造された私はエルフの数十倍の速度で学習し、覚えておきたい記憶を完全に留めておくことが出来ます。知ってますか?人間の脳というのは140年分を完全に記憶するだけの容量があるんですよ。最も、普通の人間が使えるのはその5%程度だと言われていますが・・。」
それを聞いた相手の魔道士は愕然としていた。
不意打ちは効かず、高位の魔法を一瞬で打ち砕き、さらにこの説明を受ければ・・・。
どうやら理解してくれたらしい。
彼らがどう足掻こうと自分には絶対に勝てない。
そして、その感覚は著しく相手の士気を下げる。
案の定、3人の魔道士達は地に足を折り、座り込んでしまった。
「これ以上戦闘を続ける気が無いなら私はあなた方を殺すつもりもないし、攻撃するつもりもありません。どうしますか?」
「はい・・・」
相手はすんなりと承諾してくれた。
「今後一切この国に向かって牙を剥かない。この戦闘が終わるまではジッとしている。それが条件です。」
「はい・・・」
あきらめてるというより絶望しているみたいだった。まあ、あそこまで実力差を完璧に見せつければあたりまえだろう。
「安心しなさい。」
一応ハッキリと言ってあげることにした。
「意操衝霊弾(クラッシュ・ウェイブ)を使える時点であなた達の実力はそこら辺の魔道士とは一線を隔していると思いますよ。結構高位の魔法ですし・・今回は相手が悪かっただけですよ。それでは・・」
相手が僅かに立ち直ったのを確認してから再び翼を出して空を舞う。それにしても・・・
まったく優しくなったものだと実感した・・。
これがあの殺戮の限りを尽くしていた自分なのか・・・。
―変わりつつあるのかもしれませんね・・。―
シルフィリアはそう呟いて嘲るように笑った。
さて、お遊びはこれぐらいにしよう。
何しろ後、6万もの敵を相手にしなければならない。
ところで・・・・
「すみません。あなた達の本隊っどこですか?」
シルフィリアが惚けたように聞くと男達は揃って東を指差した。
「太陽に向かって飛べばいいんですね?」
男達が頷く。
「ありがとうございます。」
シルフィリアはそれを聞いて再び東へと向かった。
ボヤボヤしていては誰かに後れを取ってしまう。


翼を羽ばたかせた時、シルフィリアの体を赤い光が包み込んだ。


―これは・・・!!―















敵本陣テントにて・・・
「先峰部隊が全滅だと!?」
その知らせを聞いたエリックの顔は驚きに満ちていた。
「誰だ!?どんな手段を使った!?グロリアーナだとすれば到着が早すぎるぞ!」
「そ・・・それが・・・倒れていた兵士達は一様に口を揃えて同じことをいうのです。」
「誰だ!?」
「先ほどエリック様が連れていたシルフィリアらしき少女の魔法で一気に殲滅されたと・・・。」
「馬鹿も休み休み言え!奴は死んだはずだ!!そうだろう!!それに先程シルフィリアの力は確認した!確かに人間離れしてはいたが、それでも伝説とは程遠い!」
「しかし、先峰舞台の1万人は口を揃えてそう言いましたし、奇襲のために用意した魔道士は皆放心状態で・・・あの・・・エリック様・・。」
「何だ!?」
「僭越ながら、こうは考えられませんか?私達はシルフィリアが来たあの時点でもう・・・彼女の掌の上で踊らされていた・・とは・・。もし、シルフィリアが伝説通り・・・都市を一瞬で滅ぼし、数年前にフロート公国の魔道学会の魔道士軍団相手に汗すらかかず、余裕で勝利したという・・・・」
その言葉にエリックの怒りは頂点に達した。
傍にいた参謀の首を掴み前後に揺らしながら怒鳴る。
「黙れ!!そんなことがあってたまるか!?俺は最強の駒を手に入れたのだ!!ブリーシンガメンもニーベルングの指輪もまだ俺の手元にある!!もう一度あいつが攻めてきたってまた手籠めにすればいい!!俺があんなガキに踊らされてただと!?冗談も休み休み言え!!見ろ!!」
首から手を離し、立ち上がったエリックは勢いよくテントの窓を開けた。
そこには未だ残る6万の大部隊が出陣を今か今かと待ち構え、それぞれが武器を手に訓練をしている。
「6万だぞ!!たかだか2500の兵士に負けるものか!!いくらシルフィリアと言えどこの数には勝てん!!要するに!!」
 「お待ちください・・・エリック様・・・」
 「あ!?」
 「何か聞こえませんか?」
 その言葉にエリックが耳を澄ます。
 そう言えば何か聞こえる・・・
 澄み渡った歌のようなモノが・・・・まさか!?
 窓から身を乗り出してエリックは上空を探す。そしてみつけてしまった。居るはずのない彼女を。まるで天使の如くそこに居る彼女は訓練だと思っていた兵士達からの魔法攻撃を寸前の所でかわし続けている。歌のように聞こえたのはそのせいで途切れ途切れになりいつまでたっても詠唱出来ない魔法の呪文だった。
 
「まさか!!そんな馬鹿な!!」

 矢と魔法を避わし、時には杖やグィネビアでハジいたりしながらシルフィリアは一生懸命詠唱を成そうとしていた。
 己の持つ中で最強の広域攻撃魔法。フェルトマリア家のみに伝わり、代々その当主のみが使うことを許されてきた超古代魔法。
 その強大さ故に、使った当主達は成功すらせぬまま、次々と命を落として行った。
 だが・・。
 シルフィリアには確信があった。
 今の自分なら仕える・・。
 ドラウエルフ達に体を弄られまくった自分なら・・。あれだけの苦痛の果てに得た最強の力を持つ自分なら・・。
 6万の敵のほぼ中央でまるで風に舞う蝶のようにシルフィリアは攻撃をかわし続ける。
 そして・・。
異常なまでの乱射と強大な攻撃魔法の使い過ぎが祟ったらしい。
ついに敵の矢が尽き、敵の魔道士の魔力が尽きた。
 シルフィリアが動きを止める。
敵は6万。
 決して少なくはない。
 だが、それを倒すカードを自分は持っている。
 そして今・・・手札は揃った。
 後は、手持ちのカードをオープンするのみ。
 シルフィリアは杖を高々と掲げ、詠唱を開始した。

「我が、フェルトマリアの名を背に召喚す。」

 シルフィリアの足元に彼女特有の魔法陣が出現し、ゆっくりと複雑な回転を始めた。

「名を問わず、柱を問わず、枝を問わず、我が名に仕えし誉れを欲するなれば、速く(とく)馳せ参じよ、我がアーティカルタの柱の元に集い顕れよ。
すべての魔力よ。我が前に集約せよ。」
杖の先にドンドン魔力が集約していく。周辺の空域に浮遊するのは先程魔道士達が自棄になって放った大魔法により拡散した魔力。
薄く満たされた状態の魔力は極度に集めにくい。だから空間毎に圧縮してまとめて収集する。
シルフィリアの周囲の空間の白い輝きが・・・・星空から流星が堕ちるように、集い、そして輝きを増す。
さらに、兵士達が耳にしたのはまるでラズライト全体が叫ぶような力強い無数の声だった。

「我ら、フェルトマリアに仕えし誉れを欲する者達なり!」

声の主は下級の精霊。中級、上級の精霊。さらには神族。魔族まで・・・
空中に幽霊の如く虚像となって現れた彼らもまた、杖の先の光へと集約され、輝きはより一層増した。
さらにシルフィリアはそこに己の魔力の半分を注ぎ込む。
シルフィリアの場合、元来魔力量がそこら辺の魔道士とは訳が違う。平均的魔道士の魔力量を電池とするなら彼女のそれは発電所のようなものだ。
度をわきまえれば永久機関。魔力が尽きることなど無い。
杖の先に輝く半径1メートルを超える巨大な光球はついに幻想的な白さで最高の美しさを放った。
同時にシルフィリアは空いている手を翳し詠唱を開始する。

「閉じよ防御の扉。我が名の元に我望む者達を守りたまえ・・。」

両手で違う魔法の詠唱。それは単純に言えば左手と右手で違う超精密作業をするようなものだ。
常人にはまず不可能な芸当。出来たとしても18歳のする技では無い。

「神の楯(アイギス)!」

シルフィリアの呪文と共に光が拡散し・・・
敵の体の周りに薄い膜を張る。
そして・・

「永遠の果てに、闇に鎮め。」

シルフィリアの本詠唱も完成した。

途端、エリックがテントから外に離れた。参謀と数十人の彼の近衛兵もその後に続く。
エリックだって魔法の心得ぐらいはある。それゆえに分かってしまう。例えば、自分で出した発射体を戻したり集めたりする程度なら少し練度の高い魔道士なら誰でも出来る。
だが、使用を終えて、空中に拡散した魔力を再度実用レベルで集めるなんて聞いたことが無い。でも、実際、目の前でそれは行われた。
それに加えて身の回りの精霊達すべてから力を借り、さらにその力を上乗せする。さらにそこに自分の魔力まで上乗せする。
戦闘によって魔力は拡散し、精霊達それを食べる為に自然と集まってくる。
つまり、彼女は周辺で激戦が行われれば行われる程、自己の限界を超えることができるのだ。
こんな卑怯はありか!?というのが正直な感想だ。
逃げなければ死ぬ!本能的にそう感じてしまったのだ。



《星光の終焉(ティリス・トゥ・ステラルークス)》


シルフィリアは静かにそう唱えた。
魔力球がはじける。夜明けを昼と見間違う程、辺りは一瞬で真っ白な光に飲み込まれ、無音状態。その数秒後にやっとバーンというとんでもない衝撃波を爆発させたみたいな音が爆風と共に辺り一面を駆け巡った。


光が消えた後、そこに残ったのはまるで隕石が落ちたのではないかと疑う程の半円状に抉られた地面とそこに倒れこむ人々だった。
そして・・・
シルフィリアの髪の色が変化する。
純白から鮮やかな金髪に。
元々、髪の毛の白は自身のその莫大までの魔力に髪の色素が吹っ飛ぶために起きる現象だ。シルフィリアが使う魔法が風だろうが闇だろうが何でも白くなるのもそれと同じこと。その魔力濃度の高さに魔光の色素が吹っ飛ぶからである。
しかし、今、彼女の髪は金色。僅かに残った魔力も薄い水色になっていた。
それはシルフィリアの体にほとんど魔力が残っていない状態。
もう身体にほとんど魔力がのこっていないスッカラカンの状態。

つまり、打ち止めである。

残しておいた半分の魔力は犠牲となる兵士達の防護に使ってしまった。そうでもしなければおそらく肉塊すら残らなかっただろう。
それほどまでにあの術の威力は高いのだ。
翼を維持することもできず、シルフィリアはゆっくりと地上に降り立った。
魔力をほとんどすべて使い果たしたせいで何となく疲労感が漂う。
しかし・・・
「ハハハハハ!!」
それを見ながら一人笑う人物が居た。
エリックである。
「すばらしい!!実にすばらしい!!君はやはり最高の兵器よ!!もし、君が攻撃対象に防護魔法を使わなかったら全員が今ごろ跡形もなくけし飛んでいただろう!!」
耳障りな笑い声を響かせながらエリックは少しずつこちらに近づいてくる。
「生きていてくれてうれしいよ。シルフィリア・・愛しのシルフィリア・・。」
エリックの周りを囲んでいた近衛兵は一斉に武器を構え、エリックを守ろうと陣形を作る。
シルフィリアもそれを見て、すぐに戦闘態勢へと移行した。
おもむろに胸元に手を突っ込み一つのスペリオルを取り出す。それは真っ黒な刀の柄だった。
なにやらコンパクトに収納されていたその柄をジャケットから2本取り出し、両手に握り締め、シルフィリアは右足を前に出して構えを作る。
柄が展開した。
エリックが手を振り降ろすと同時に近衛兵たちがそれぞれ腰のエアブレードを抜きはらう。そして、シルフィリアの周りを取り囲んだ。
「今のお前はそこらの町娘と変わらん!今なら仕留められる!!やれ!!」
その声と同時に30人程の兵士が一斉にシルフィリアめがけて斬りかかった。
刹那
本来刀身があるべき場所それと同じ、光輝く蒼い光の刃が出現する。
俗にいう双剣と呼ばれる武器。
「な・・なんだと!!」
兵士の一人が叫んだ。
そしてそれを駆使して行うのはその双剣を使った鮮やかなる剣技。
2本の剣はエアブレードを断ち切り、ひいてはそれを使っている兵士達の腕や足を切り裂く。
しかし、相手が圧倒的に多かった為、咄嗟に左腕を斬りつけられ、片方の剣を落としてしまったが、それでももう片方で最後の兵士を切り上げ、敵の近衛兵団を一掃した。

「美しい・・・」

シルフィリアの腕から流れる血液を見てエリックが呟く・・・。
というのはシルフィリアから流れていたのはただの血ではない。
赤いことにかわりはないのだが、それは自ら発光し緋色に光り輝いていた。
人間ではない証拠。
これが・・・精霊と人間を掛け合わせた結果である。
エリックは咄嗟にシルフィリアが落とした剣を拾い上げた。
そして・・
「貴様から奪ったスペリオルは一つじゃない!!」
左手を前に突き出し、人さし指の指輪を光らせる。
「ニーベルングの指輪よ!!私を守れ!!」
一瞬、指輪が辺りをまるで昼のように照らした。
光はすぐに収まり、状況を明らかにする。
エリックの前には9人の片翼の少女が陣形を作っていた。
全員が左手に剣、右手にランスを持って戦闘態勢を取っている。
「伝説通りの代物だよ!!」
エリックが声高に叫んだ。
「9人の戦乙女(ワルキューレ)を召喚できる伝説の召喚具!ニーベルングの指輪!!その力は一日にして一国を滅ぼしたとさえされる!!」
少女達は誰もがこちらにむけて今にも斬り掛かってきそうな勢いだった。水色の髪と赤の瞳を持つ可愛い少女たち。しかし、その怖さをシルフィリアはよく知っている。
なにしろ、一人ひとりが300年クラスの鍛錬を終えた魔道士に匹敵する力を持った中級天使達だ。
蒼穹戦争の頃、彼女達は皇都を守るための最後の要だった。
その為、よく刃を合わせたが、正直、アリエス以外に自分をここまで苦しめた相手をシルフィリア自身知らない。
「ブリーシンガメンの使用には一つ条件がある。それは最低でも2秒相手に首飾りを見せること・・・」
良く知ってる・・・シルフィリアは呆れたように口元を緩ませた。
「そして、おそらく君ほどの魔道士ならわざと首飾りから目線を逸らして闘うことも、それで私を倒すことも余裕だろう・・・。」
まあ、当然だ。伊達に魔道手術なんて受けて無い。
「だから!取り押さえろ!!奴を!!シルフィリアを取り押さえるんだ!!腕や足を切断しても構わん!!奴の魔力なら回復する術ぐらい持っているはずだ!!」
「御意!」×9
エリックの命令に一斉に戦乙女達が斬りかかる。
シルフィリアはそれに対し・・・
「来い、私の杖よ(アクシオ・ヴァレリー・シルヴァン)」
杖を呼び出して、構えを作った、相手と同じ、左手に剣、右手に槍・・・・
「ブリュンヒルデ・・・」
シルフィリアが一人目の戦乙女の名を呼ぶ。
それとほぼ同時だ・・。シルフィリアのジャケットから数本の端末が飛び出す。
シルフィリアのスペリオル「グィネビア」・・・
それに気を取られている隙に・・・
シルフィリアのエクスレーヴァが一閃した。
一人のワルキューレが核爆発のような光を発しながら消える・・。
「ゲルヒルデ、オルトリンデ・・・」
すぐに別の戦乙女の名が静かに発せられる。
それど同時に光の刃を展開したグィネビアが2人を切り裂いた。
「ヴァルトラウテ、 シュヴェルトラウテ、 ヘルムヴィーゲ、 ジークルーネ・・・」
グィネビアが本数を増す。空に絵を描くように華麗かつ高速で舞う端末はシルフィリアに名を発せられた順に戦乙女を破壊し、光へと戻して行った。
「グリムゲルデ、ロスヴァイセ」
最後の2人の名が呼ばれ、回避する2人に向かってシルフィリアは両手の武器を離し、そして、その武器の柄頭を順に思いきり蹴った。
まるで誘導されるかのようにエクスレーヴァとヴァレリーシルヴァンは2人へと二閃しエリックの後方で2つの光が儚く消えた。
「そんな・・・まさか・・・・」
こんな簡単にやられるなんて・・・
だが、しかし・・・
エリックも僅かにうろたえたが、それでも彼はプロだ。
現状の有利さにすぐに気が付く。
手元の武器を蹴りつけたせいで今の彼女は丸腰なのだ・・そして、図らずも自身の手にはあのナルシルをも上回るかも知れぬ最強の剣が握られている。
先程、シルフィリアの落としたエクスレーヴァ・・。
このチャンスを逃してなるものかとエリックは地上に降り立ったシルフィリアの背後から思いきり斬りつけた。

金髪が無規則に舞った。

やった!!
シルフィリアの肩から血液がドバッと出るのを見た・・。しかし・・・その両手には・・・・
「馬鹿な・・・・どういうことだ・・・」
両足と両腕に刻みつけられた刀傷を見ながら、エリックがシルフィリアを振り返る。
彼女は先程まで完全に丸腰だったはずだ・・・
そう、先程までは・・・
しかし・・・
「な!なんだと!?」
その手にはしっかりと二本のエクスレーヴァが握られていた。
そんな馬鹿な、投げた一本はまだ遥か後方の刺さったままになっている。もう一本は自身が持っている。なのに・・・・
一体どこから・・・・
「不均衡音波(クラッシュ・ノイズ)・・・。」
僅かに回復した魔力を使ってシルフィリアはエリックに魔法をかける。
「くっ!動きを封じたられたか!!」
通常なら口も動かなくなるはずだが、今はいかんせん魔力が足りない。だが、自由を奪うことは成功したようだ。
動けずにもがく(様子を見せる)エリックをそのままに、シルフィリアはエリックの手とデーモンの体からそれぞれエクスレーヴァを回収する。
さらに、首元から一瞬でブリーシンガメンを・・指からニーベルングの指輪を抜き取ってズボンのポケットに押し込んだ。

そして・・・・
「予備ぐらいは用意しておくものです。」
そう呟くと同時に地面に倒れこんだ。
「はぁ〜・・疲れた〜・・・・」
身体を大の字に広げ、シルフィリアは天を見る。
空はオレンジと水色の境界を示していた。
そのまま静かに瞳を閉じる。
終わった・・・。これで全部・・・。
ものすごい眠気が体を襲う。魔力を使い果たした為だろう。
魔力とは精神力でもある。それが尽きれば回復するには睡眠は最も効率のいい方法だ。まあ、そんなことしなくとも自分ならば眠りさえすればものの数時間で魔力を全回復できるだろうが。
「シルフィー、大丈夫?」
真っ暗な中で呼ばれたその声にシルフィリアは僅かに目を開けた。
「しんどいです。」
自分を見下ろしていたアリエスに静かにそう呟く。
「他の戦況はどうなりました?」
「全員勝ったよ。死者は敵が2万2500人、味方が500人ぐらい。まるで戦争だよ。生き残った敵もエリックも含めて、カーリアンの部隊が全員捕縛している。」
「そうですか・・・。」
「立てる?」
「無理・・ですかね・・・」
「了解。」
アリエスはそう呟くと、シルフィリアの方と膝に手を回す。
そしてそっと抱け上げた。
――お姫様抱っこ――
シルフィリアは静かに呟く。
「終わりましたね・・・。」
そう、これで全部終わったのだ。できればレウルーラに帰ってゆっくりと眠りたい。


「いや・・・まだだよ。」


―えっ?―
アリエスの言葉に一瞬言葉を疑いそうになった。
―まだ―とは一体。キョトンとするシルフィリアにアリエスが厳しい顔で言い放つ。
「君ともあろうものが情けないよ。よく思い出してごらん。俺はミーティアから聞いただけだけど、何か見落としてるから・・・。」
「何か・・・何だろ・・」
ああ!もう!眠くて頭が働かない!!
「君さ、城下に出た時、ナンパされたよね。『ロレーヌ候の騎士隊』って人達に・・・なんでそいつらそこに居たのかな?ロレーヌの兵士は俺達の警備で全員出払ってたはずだよね。なのに彼らは城下にいた・・・。あの時城下は祭りの真っ最中だ。つまりそこにいる目的といえば、単純に祭りを楽しんでいたかあるいは・・・」
「戦争の為の下見をさせていたか・・・」
「大正解。」


「シルフィリア様!!」


城のほうから叫ぶ声がした。
 ―?―
2人の瞳がすぐに向こうから走ってくる人影を捉える。
 白い布を体に纏い、寒空に息を白くして走ってくる少女。
 「ミーティア様?」「ミーティア?」
近くまで来てすぐにアリエスの姿を見つけ、こちらに向けて走ってきた。
「アリエス様!!シルフィリア様!!どこ!!」
2人は顔を見合せて頭の上に小さな―?―マークをつくる。
そうか、今シルフィリアの髪は金髪だ。いきなり髪の色が変わって印象が変わった為、気が付かないのかとすぐにシルフィリアが理解した。
「ミーティア様。」
シルフィリアが声を発するとやっとミーティアもシルフィリアを認識したようだった。ホントならもう少しこの「え?あ・・あれ?」と困惑しているミーティアを楽しみたかったが、あれほど焦っていたのだ。ただ事ではあるまい。
 「何かありました?」
 シルフィリアがそう呟くとミーティアが慌てて手足をバタつかせそしていきなり泣き始めた。
本当に何があったのだろう?
「あえrstdyふぎほjpk」
何を言っているのかさっぱり分からない。シルフィリアはアリエスに言って一時的に地上に降ろしてもらい、フラフラとした足取りでミーティアに近づき背中をさすった。
「落ち着いてください。ゆっくりでいいですから何があったのかを話してください。」
「うぇ・・・あぅ・・・・ひっ・・・」
嗚咽交じりではあるものの少しずつ落ち着いてきたミーティアはゆっくりと話始めた。
「お姉ちゃんが・・・お姉ちゃんが・・・・」
聞き取れたのは「お姉ちゃん」という単語だけだった。
「あのエルフがどうかしました?」
「・・・・・・」
ホントに僅かに聞き取れるぐらい小さな声で言った為、最初は聞き間違いかと思った。でも・・・
「ミーティアさん。確認しますけど・・・今、こう言いましたか?『お姉ちゃんが死んじゃう』って・・・・・・・」
泪にまみれた顔を上げてミーティアがコクコクと激しく頷く。
―何故・・・―
シルフィリアの頭をまず過ったのはその疑問だった。
―ベストラを着ていれば病気以外で絶対に死ぬなんてことはないはずだ。―
今ミーティアが身に纏っている白い衣。白孔雀と水仙が東洋風に刺繍されたレース状のそれは見た目の薄さと華やかさとは対照的に魔法、物理攻撃に対して絶対的な防御を誇る。
自分が造ったミスリルを圧倒的に超える金属“ヒヒイロカネ”で織ったブリーストのローブの模造品。絶対の魔法防御力と物理防御力を兼ね備えた最強の服だ。
あれに身を纏ってさえいれば少なくとも怪我をすることなどないはずなのだが・・・・
「とにかく行ってみましょう。」
シルフィリアが立ち上がり、再びよろよろと城の方へと歩んでいるとすぐにアリエスがシルフィリアを抱きかかえた。
「無理するなって。」
アリエスはそう呟いてシルフィリアをお姫様抱っこしたまま城まで運ぶ。
走って王宮の方へと向かうアリエスの後をミーティアも小走りで付いてきた。
「セレナ様はどこ?」
「本館の3階の廊下。」
アリエスの質問にミーティアが答えたわけだが、その時シルフィリアの表情が曇った。
「何でそんな所に・・・」
「ところでシルフィー・・。」
アリエスが唐突に話す。
「そんなに魔法使ったの?君の魔力が尽きるなんて珍しい。どうしたの?なんかあった?」
「いえ・・ちょっと・・・」
シルフィリアがおもむろに眼をそらした。
「召喚されてたものですから・・・」
シルフィリアはハハハと軽く笑った。



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